“可能性”
って、いい言葉じゃないですか。意味も「物事が実現できる見込み」ですし。
なので、多くの人は可能性を1つの基準にして選択するんですが、
この可能性、実は凡人にとっては非常に恐ろしいものだってこと、思った以上に理解されてないんですよね。
実は、ほとんどの凡人は “静かに可能性に殺されている” という現実に気づいていないんです。
なので、今日はこの“可能性”について、人間の仕組みをもとに解説していきます。
可能性を捨てられない理由
可能性とは、物事が実現できる見込み のこと。
「可能性がある」って聞くと嬉しくなりますし、「可能性はない」って聞くと悲しくなります。
そもそも、人間の脳って可能性というものが大好きなんですよね。
というよりは、「確定して可能性が閉じること」を嫌います。
何かを選ぶということは同時に、何かを選ばない、ということでもあります。
何かを選ぼうとすると、脳の中では
・損失が確定する
・自己評価が確定する
・取り戻せない状態になる
・現実を見ないといけなくなる
といったことがバーッと駆け巡ります。
とにかく、損をしたくない、正しくありたい(間違えたくない)、後悔したくない、向き合いたくない、といった心理が強く働き、
選ばずに可能性を取っておく
という決断をしやすいのが普通の脳です。
可能性を残しておいた方が楽だし、リスクもありませんから。
飲食店でメニューに悩む人も同じで、2つのメニューで悩んでる人の頭の中って
・美味しくなかったらどうしよう…
・あっちの方が美味しいかも…
という感じですよね。
決めてしまったら、上記のリスクを受け入れないといけない。それがイヤだからずっと決められないんです。
一見、可能性を残ることは良いことに見えるかもしれません。
しかし、蓋を開けてみると全然そうではないんです。
というのも、可能性を残そうとすると
・蓋然性の低い可能性も捨てられない
・可能性の%がどんどん下がっていく
ということが起きてしまうんです。
蓋然性とは、確実性の度合い のことです。
蓋然性が高い = 可能性が高い
蓋然性が低い = 可能性が低い
という意味です。
凡人は“可能性”に殺される
「蓋然性の低い可能性」
→つまり、見込みの薄い可能性 のこと
みなさんは、「偶然芸能人と出会って、仲良くなって、付き合った妄想」を一度でもしたことがあるんじゃないでしょうか?
僕は何千回もあります。
「タイのカオサンロードでプライベートの有村架純と出会って、仲良くなって一緒に旅をする。」
という、それこそ可能性が0.0000001%くらいの妄想もしたことがあります笑
こんなの普通に考えたらあり得ないじゃないですか。
でも、可能性は0%じゃないですよね。
実際、世の中では芸能人と一般人の結婚報道もたくさんあります。
石原さとみ
新川優愛
相武紗季
木村文乃
櫻井翔
新田真剣佑
ディーン・フジオカ
阿部寛
などなど。、もちろん中には「いや、あなた一般人じゃなくね?」みたいな人もいるんですが、それこそ新川優愛さんのお相手は「ロケバスの運転手さん」で、新川さんからアプローチしてたわけじゃないですか。
そう考えたら、「自分ももしかしたら可能性あるんじゃ…」と思ってしまうのも当然ですよね。
限りなく0に近いんですが、0ではないんですよ。
この「0に近いけど0ではない、蓋然性の低い可能性」を人は捨てることができないんですよね。
さらに、可能性を残しておくということは「1つに絞れない」ということなので、特化することもできなくなります。
これは言い換えると、特定の選択肢の可能性を上げられない、ということなんですよね。
・サッカー選手もいいなあ
・野球選手も捨てがたい…
・バスケ選手だって可能性はある
・今ならテニス選手もあり得る
こうやって目指したい先を捨てられないと、それぞれに特化した練習はできなくなります。できるのは、すべてに通ずる基礎の体力や技術、身体操作くらい。
でも、もしも「バスケ選手に決めた!」となったら、そこからはひたすらバスケに打ち込めるので、バスケ選手になれる可能性はどんどん上がっていきますよね。
実際、NBAで活躍している八村塁選手もインタビューで語っていました。
勉強、友人、恋愛、家族を犠牲にして、青春時代をすべてバスケに注ぎ込んできたからこそ、彼は世界で活躍できているんですが、これは「早々に他の可能性を捨てた」ということなんですよ。
頭を使って活躍できる未来の可能性を
当時の友人と一生の友になる可能性を
青春時代を彩る恋愛ができる可能性を
家族との思い出を語る未来の可能性を
これらをすべて捨てて、バスケに打ち込んだ。もしも彼が上記の可能性を捨てられていなかったら、僕らは彼をテレビで見ることはなかったはずです。
他の可能性を捨てるからこそ、特定の可能性を上げられるんです。
可能性は“絞るから”上がる
ここでみなさんに理解してもらいたいのは、可能性というのは絞るからこそ上がる、ということです。
これは2つの意味があって。
1つ目は八村選手のように、選択肢を絞ればその可能性を上げられる、というものです。時間とエネルギーを1つのことに集中できるので、当然可能性は上がります。
ただし、あくまでも可能性を上げるだけであって、どれだけ特化しても100%にすることはできません。
事実、八村選手と同じように青春時代をバスケに捧げた人でも、バスケ選手になれなかった人はたくさんいます。
ここからが凡人の僕らにとっての大事なことなんですが。
たとえ可能性を絞った結果目標を達成できなかったとしても、その努力を無駄にしない方法はいくらでもあるんですよ。
たとえばバスケ選手を目指した例で言えば、
・毎日練習する習慣
・しんどいことを継続する耐性
・フィードバックを受けて修正する力
・チームで動くコミュニケーション能力
・体調管理・時間管理
・勝ち負けを受け入れるメンタル
・自分の限界を知る自己理解
これらは「目標を達成するために必要不可欠な要素」ですよね。
バスケ選手という目標は達成できませんでしたが、
・理想の夫婦関係
・理想の収入
・理想の人物像
・理想の体型
などなど、これからたくさんの目標と向き合うはずです。
バスケ選手になるためにしてきた努力は、そういった他の目標に当てはめればいいだけ。これは可能性を絞って特化したからこそ得られたものであり、選択肢を絞らなかったら得られなかったことなんですよ。
選択肢を絞る
↓
精度の高い努力ができる
↓
他のことに応用できる
↓
当時の努力を活かせる
これは「努力が報われる」というよりは、「努力を報わせる」に近いですね。
Aという目標は叶わなかったけど、
Aを叶えるためにした努力をBのために活用して、
結果としてBという目標を叶えられた。
可能性を残すことは、本質的には可能性を奪うことになる。
可能性を絞ることこそが、実は可能性を上げるために必要なこと。
この感覚を持っていると、可能性に殺されることはなくなります。
もちろん、可能性を絞ることは怖いことです。それが人間に元から備わっている仕組みなので。
でも、その仕組みはあなたの人生をより良く導いてくれるものではなく、あくまでも「生物として生き残るために備わった仕組み」であることを忘れないでください。
人生をより良くしていきたいのであれば、必要な仕組みは上手に利用し、不要な仕組みには振り回されない。それをしっかりと意識してみてください。
