「あの人、こういう人だから」
「私なんて、どうせダメだし…」
こんな風に誰かを、あるいは自分自身を決めつけて、責めてしまっていませんか?
良いところもあるはずなのに、全部が悪く見えてしまう…。そう感じたことはありませんか?
「レッテル貼り」という心理学用語があります。
これはある人の見た目や性格、言動、行動の一部分のみをひとまとめにして、否定的なラベルをつけることをいいます。物事の見方の癖である認知の歪みの1つです。
凡人は「細分化」が苦手で、一部で全部を判断してしまう傾向があります。
たとえば、以前アンジャッシュの渡部さんが芸能界に復帰したとき、当時のTwitter(現X)のトレンドには
・渡部健
・多目的トイレ
という単語が載っていました。
事件が発覚してニュースになった頃、ネットでは「渡部⚪︎ね」たの「渡部クソだ」だの「人間的にありえない」だのと、さまざまな批判をされていました。
不倫という批判されるような行為をしたのでそれは別に当たり前の話なんですが、みんな批判の仕方がおかしいんですよね。
というのも、あの事件で批判されるべき点は
・不貞行為をしたという道徳的な部分
・多目的トイレの間違った使い方をした道徳的な部分
のはずなのに、彼のお笑い芸人としての姿やテレビのMCや食レポなどの姿自体も批判している人がいました。
罪ではなく人を憎むんですよね。
一部はあくまでも一部であって、全部ではありません。それなのに、凡人は一部だけを見て全体を決めつけてしまうんです。
こういう傾向があるからこそ、どれだけ罪を償って更生しても、問題を起こしたら一生言われ続けてしまうんですよね。細分化できない人たちによって。
デジタルタトゥーもまさにで。1回でも悪い情報をネットに出してしまうと、死ぬまで言われ続けます。
凡人がレッテルを貼ってしまう理由
・私はバカだから
・中国人だから
・左翼だから
・これだからゆとり世代は
・タトゥーしてる人は
このように、人はレッテル貼りを日常的に、当たり前にやっています。特にネガティブなものを貼りやすく、かつ定着しやすいです。
差別や偏見も、このレッテル貼りによって強化されています。
なぜレッテルを貼ってしまうのか、その主な理由は「情報処理の単純化」です。脳の省エネですね。
すべてのものを事細かく処理しようとすると、脳は確実にパンクします。なので、パンクしないようにある程度カテゴリーで判断するようにして、エネルギーを温存しようとする働きがあるんですよ。
このレッテル貼りで実は非常に厄介なのが、自分に対するネガティブなレッテルに縛られる、という傾向です。
ネガティブな人って、なにかマイナスなことがあるとどうしても「私なんか…」と捉えてしまいがちなんですが、これも細分化できていない、ということになります。
特定の部分でのネガティブな結果を、「ダメな私だからこうなったんだ…」と捉えちゃうんですよね。
ここにはラベリング理論というものが働きます。これは「人はレッテル貼り(ラベリング)をされると、レッテル通りの選択をし、その通りの人間になってしまう傾向がある」という理論です。
「私なんかダメだ…」というレッテルを自分に貼ることで、その通りの選択をして、よりダメな人に育っていってしまうんですよ。
これが続くと学習性無力感に成長し、「どうせ私にはムリだから…」という決めつけになり、どんどんチャレンジしなくなり、夢や希望を抱かなくなっていってしまうんです。
レッテルを貼らなくなる方法
どうすればレッテルを貼らず、ちゃんと細分化して適切に物事を見れるようになるのか。
いや、厳密に言うと、どうすれば貼ったレッテルに囚われず、適切に物事を見れるようになれるのか、ですね。
そのためには、まず「自分は今レッテルを貼っているんだ」と自覚することがスタートです。自覚しないと修正できませんから。
・あっ、今「だから中国人は…」と思ってたな
・あっ、また「私なんか…」って言っちゃったな
・あっ、今私は罪ではなく人を憎んでいるな
このように自分、ないしは誰かにレッテルを貼っているかもしれない、という意識を常に持っておいてください。
次にやるべきなのは「見る視点(側面)を変える」です。
これは、僕の父が以前小学校の卒業式でスピーチをしたときの話をそのまま引用させていただきます。
【10円玉ってどんな形】
立場が変わると見える景色も変わりますよね。
卒業式の壇上でポケットから10円玉を取り出し、小学6年生に問いました。
「10円玉ってどんな形?おじさんはね、丸って答えるよ。」
10 円玉を横に持ち替えて
「でもね、中学校に行くと長方形って言う人とも会うんだ。それを知ってからも、おじさんはまだ10円玉は丸だって答えると思うよ。ただ、長方形だっていう人もいることを否定はしないようにするけどね。」
子どもたちに伝えたかったのは、同じものでも別の角度から見ると違うものに見えると知ってもらうこと。
そして自分の見方を相手のものに上塗りするのではなく、その両方を併せ持つことです。
あなたの今の視点から見るとネガティブに見えるかもしれないけど、違う視点で見たらポジティブに見える。そんなことはいくらでもあります。
あなたが貼ったレッテルは、あなたが、あなたの視点で見た結果貼ったレッテルでしかありません。
次にやるべきなのは「適用」と「反証」です。
簡単に書くと、
・このレッテルはこの人(場面)に適用されるのか?
・このレッテルは間違っているんじゃないのか?
この2つを意識的に考えましょう、ということです。
たとえば、「私なんて…」と捉えてしまったとき。
①適用
確かに運動は苦手だけど、今やってる将棋は運動系じゃない。だったら私もできる可能性はあるんじゃない?(このレッテルは今適用されないのでは?)
②反証
そもそも私って本当に運動苦手なの?小学生のときはリレーの選手だったよね?ブランクがあるだけじゃない?(レッテル自体が間違ってるのでは?)
こういう風に考えられると、全部にレッテルを貼らずに細分化できたり、レッテル自体が間違ってることに気づける可能性が上がります。
最後に、どうせ貼るならポジティブなレッテルに貼り替えましょう。
・あのときだってできたじゃん!
・優しいからこそやってるんだよね。
・よく観察する人だな〜。
レッテルを完全に貼らないようにすることはほぼ不可能です。ただし、自分が貼ったレッテルに振り回されないこと。そして他人が貼ったレッテルに振り回されないことは可能です。
そのためにも、
①レッテルを貼ったことを自覚する
②見る視点(側面)を変える
③適用する、反証する
④ポジティブなレッテルに貼り替える
これらをぜひ意識してみてください。
